益子焼とは

益子焼のはじまり

江戸時代の末期の嘉永六年(1853年)、笠間焼を学んだ陶芸家の大塚啓三郎が、栃木県益子町内で質の良い粘土があることを発見し、窯を築いたことから始まります。

登り窯を作るのに適した傾斜地があったことや焼く時の燃料になる赤松がたくさん自生していたこと、大きな市場である東京に近いことから、鉢、水がめ、土瓶などの台所用品の産地として発展しました。

1924(大正13)年に益子町に移り住んだ陶芸家濱田庄司の影響で、花瓶や皿など芸術性の高い工芸品も作られるようになりました。

【参考文献】
財団法人伝統的工芸品産業振興協会 伝統工芸 ポプラ社 2015年7月。

 

笠間焼の作家

益子焼の作家さんは多数いらっしゃいます。
今活躍されている方の作品をご紹介させていただきます。

河原健雄